ゼミの運営方針

研究とは

研究は「真偽を明らかにする」ゲームです。それ以外の価値判断基準は必要ではありません。社会学者のルーマンによれば、対人関係を媒介するものとして「権力」「愛」「貨幣」「真偽」の4種類があります。これらはコミュニケーションをスムーズにするための形式のようなものだと捉えてください。権力という形式のもとでは、一方の行為に他方が従うことが求められます。双方がその形式と関係性を把握していると、社会関係はスムーズです。「愛」という形式のもとでは、与える–受け入れるという形式になります。「貨幣」の形式のもとでは、与える–それに対価を返すという形式になります。「真偽」の形式はこのいずれでもありません。論理的・経験的に真であるならば、人は強いる・与える・受け入れる・お返しするという選択をすることなく、その真実を受け入れるのみです。

大事なポイントは、これらのコミュニケーションスタイルを混在させてはいけないということです。大学教育とは「先生が強制するから課題をする(権力)」でもなく、「教え子が可愛いから教えてあげる(愛)」でもなく、「学費を払っているから卒業させる(貨幣)」ものでもありません。真偽の前では年齢・性別・立場をこえて正しいかどうかだけの判断があり、それが最大限尊重されるということです。虚偽が含まれる卒業論文は認められませんが、ちゃんとやって仮説が成立しないことが明らかになった、というのが真実であれば、それを記載した論文は素晴らしい業績として褒め称えられます。

このような真偽の基準にのみ基づいたコミュニケーションが「研究」であり、このゼミでは心理学と統計法をベースに研究を実践していきます。

ゼミとは卒業研究のための活動

ゼミでの活動は「卒業研究」につながるものであり、四年間の集大成である卒業研究の報告書が「卒業論文」になります。

卒業研究は、皆さん一人一人が研究を計画し、実行し、報告書を執筆するものですが、これらはいずれも科学活動の一環です。大学生だから趣味的な内容で、大学生だから単位をもらうためにやる授業のレポートだ、とはいきません。実験参加者や調査協力者の力を借りて、心理学的な知識を少しでも広げることが目的であり、科学者が行う科学活動の一端を皆さんも担うわけです。

そのために必要な考え方として、研究の記録結果の公開が必要です。科学的レポートはその内容が捏造であってはいけませんので、何をどのように実施したかの克明な記録が必要です。もちろんはじめての研究活動でうまくできないこと、というのもあると思います。そのために記録を公開することを考えます。いつか誰かが同じような研究をする時に、失敗や問題が含まれていたとしても、欠点を含めて理解し、修正する足掛かりとなるような仕組みを用意しておく必要があります。

本ゼミでは、研究の記録、結果の公開を基本方針とします。卒業研究にあたってはこの2点を考慮して計画を立ててください。

育成すべきは価値観と態度

卒業研究は卒業論文という公文書になり、認められれば皆さんは学士という学位を得ます。この過程の中で育まれるべきことは、学問に対する価値観学術的態度です。

ここでいう価値観とは、なにをおもしろいと思うか、なにを美しいと思うかという審美基準であり、それを内在化することが目標になります。「おもしろい」だけでいうとゲームやギャンブルをすればよいのか、と思うかもしれませんが、それらはせいぜいお金や体力などが十分あれば処理できる程度の刺激にすぎません。これに対して、学術的面白さ、物事を徹底的に突き詰めて考える面白さというのは底が知れません。とくにその対象が人間や社会のような不確実で不安定なものであれば、一生興味を持って考え続けることができるぐらい、おもしろいものです。

そしてなにをおもしろいと思うか、ということについてもトレーニングを受けなければなりません。「人間ってこんなもんだろう」「大学ってこんなもんだろう」と思っている人の人生は、そんなもんになります。考え方のトレーニングを受けていなければ、「よくわからないからこんなもんだろう」で終わってしまいます。本を読み、映画を見て、音楽を聴き、恋をして、美味しいものを食べて、お酒を飲んで、ダメになって、論文を読み、データ分析をして、とにかくさまざまな角度から生きてるとは何かを考える可能性を探りましょう。

学術的態度とは、批判的思考技術とコミュニケーションの継続に対する意欲からなります。学術論文や書籍を読むこと、あるいは学術的なコミュニケーションに対しては、批判的な精神で進めることが基本です。さまざまな批判をすることで、多角的に研究テーマに光を当てて考えることになります。さまざまな批判する・されることを通じて、自らの中に「これだと批判のしようがないぐらいおもしろいでしょう」というものが見つかり、あるいはそれを見つける術を身につけることができるのです。ちなみに、批判とは、否定でも拒絶でも論破することでもありません。批判は「さまざまな角度から味わうこと」であり、コミュニケーションを活発化させるためのものです。これに対し、否定・拒絶・論破はコミュニケーションを遮断することであり、怒りや恥じらいなどの感情もコミュニケーションを阻害する要因として排除すべきものです。

科学的営みとは、コミュニケーションです。論文を書く、読んで意見を言いあうなど、とにかく言葉を尽くして真実に近づくことが目的です。皆さんは「言葉」に敏感になってもらわなければなりませんし、コミュニケーションに貪欲になってもらわなければなりません。言葉は共通見解を生む土台です。言葉が違う、意味を異なって理解しているとコミュニケーションが成立しません。「察してほしい」「推し量って欲しい」というのは受身的なコミュニケーションスタイルであり、学術的場面では相応しくありません。

ゼミ・モットー

ゼミにおけるコミュニケーションについて、成員は以下の方針を理解して挑んでください。

  1. 小杉ゼミとは心理学的技法を通じた人間理解のための修練の場の総体である。
    • ゼミはコミュニケーションを要素とするオートポイエーシスシステムであり、その目的は「人間理解」である。
    • ゼミの境界は議論に参加するメンバーの相互作用にもとづき、創発的に現れるパターンである。
    • 個体は関係を結び止める点にすぎない。ゼミは位相空間の関係に対する呼称であり、物理レベルの個体は機能を構成する基盤にすぎない。
  2. メンバーは個々が独立した研究者であり、このことが常に最大限に尊重され、年齢、性別、その他外的基準による判断は常に捨て置かれる。
    • 【今、ココ】の座標点として、個人は常に唯一無二であり、自分の思いつき以上に正しい答えなぞ存在しない。
    • 知識量や技術力に秀でたものは、惜しげもなく与えるべきである。なぜなら、仲間が面白くなることが自分の成長に繋がるからである。
    • 知識量や技術力に劣るものは、恥じることなく喜ぶべきである。なぜなら、今後の成長の可能性が具体的に現れているからである。
  3. いつでも誰にでも発言は許されているし、望まれている。
    • 発言内容を個人の人格に帰属してはならない。
    • 沈黙は「理解しないこと」と「同意したこと」を弁別しないコミュニケーションスタイルであり、避けるべきである。
    • 理解を阻む最大の障害は、自らの世界が閉じていることにあり、それが自覚できないことにある。解決策は外部環境の動乱による影響を得ることである。
    • 自らの発言(疑問)は他者の発言(疑問)を誘発するため称賛されるべきことである。

アンチハラスメントポリシー

ゼミではアンチハラスメントポリシーを用意しています。成員はそちらの方針を遵守するよう心がけてください。

ゼミ活動内容

ゼミでの活動内容は、基本的に個人単位になります。幼稚園児の「並行遊び」のような感じになればよいでしょう。つまり、各々が自分の好きなように遊んでいるのが基本で、同じ遊具を使ったり、複数人でないとできない遊びをするときは協力し合うという感じです。目的はあくまでもそれぞれが良い卒論を書くことです。

別に他人に興味を持つなと言っているわけではないことに注意してください。「私の研究の話ではないから聞く耳もたない」というのではなく、「あなたの研究も楽しそうね。私の研究も楽しいのよ」と互いに刺激しあってください。技術や知識を共有することは、自分と一緒に面白がってくれる人を増やす、同じレベルのプレイヤーを育てることでもあり、知的面白さの世界を広げることに寄与します。

研究発表

研究発表は「話題提供者」を定め、その人の提供するテーマについて皆で議論することが目的です。ここで提供されるテーマは、「文献紹介」と「研究発表」の2種類です。

文献紹介は自らの卒業研究に関わる先行研究を批判的に読むこと、のトレーニングです。研究発表は自らの研究を他者に伝えるコミュニケーションスタイルのトレーニングです。両者を通じて、批判的思考とコミュニケーションを続けることの楽しさを身につけてもらいます。

どんな研究や論文にも長所と短所があります。文献紹介の場合、発表者はその論文の筆者の代理です。研究発表は自身がその代表者ですから、研究・論文の長所を全面に押し出して論じてください。オーディエンスは論文の限界、方法論的問題点などを指摘し、それに対して発表者がどのようにディフェンスするかを味わいましょう。また発表者は、最後に必ずおもしろポイント、批判的ポイントを3点ずつ挙げるようにしてください。

個別面談

卒業研究は個別の研究テーマを扱いますから、小杉との個別面談の時間をゼミ時間内に設定することがあります。研究は皆さんの4年間の集大成であり、その内容については少なくとも学内の誰よりも詳しく知っている必要があるでしょう。

指導教員にできることは、研究の進め方や分析のアイデアを出すことにすぎません。また、日々の研究の進捗状況によってはアドバイスの内容も変わってくるでしょうから、面談の内容を記録するようにしてください。議事録には、1.報告事項、2.審議事項、3.今後の進め方、4.その他の段落を設け、細かいことでも全て記録していきましょう。

技術のトレーニング

統計的分析に関して、小杉ゼミではR/RStudioを用います。そのほか、Stanなど確率プログラミング言語を使うこともあります。しかし研究テーマによっては、その他のプログラミング言語(Python, Juliaなど)、分析・実験環境(jPsychoPy/Pavlovia, jsPsych, Qualtricsなど)が必要になることもあります。これらについては小杉が十分教えられないものも少なくありませんので、必要に応じて自学自習する時間をゼミの時間にとることができます。同じツールを使うもの同士は互いに教え合い、卒業を目指しましょう。